2022年11月21日

中東研ニューズリポート

カタル:サッカー・ワールドカップが開幕

執筆者

堀拔 功二

カテゴリー

政治, 経済

地域・テーマ

カタル, サウジアラビア, 湾岸・GCC
 カタルで11月20日、サッカーFIFAワールドカップ・カタル大会(W杯)が開幕した。現地時間午後5時44分(日本時間午後10時44分)からアル=バイト・スタジアムで開会式が行われ、約6万人の観客が詰めかけた。タミーム・ビン・ハマド首長やFIFAのインファンティーノ会長、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン皇太子ら各国首脳級も出席し、開幕を祝った。今大会には主催国カタルや日本を含む32か国が参加し、12月18日の決勝戦までに64試合が行われる。なお開会式直後に行われた開幕初戦のカタル対エクアドル戦は、0対2でエクアドルが勝利した。

W杯開幕までの混乱劇


 カタルはW杯の開幕に至るまで、様々な国際的批判を浴びてきた。2010年にカタルでのW杯開催が決定して以降、国際社会は同国に対する懸念を深めてきたのである。気候を理由とした大会開催時期の変更や大会招致過程における汚職事件、外国人労働者問題などが次々に指摘され、カタルはその都度批判に晒された。

 特にスタジアムなどW杯関係施設の建設に携わる外国人労働者の多くが劣悪な条件で働いており、労災などで死亡するケースが多発しているとして、国際人権団体やメディアが「現代の奴隷制」として問題を告発していた。カタル側も外国人労働者問題については問題解決に向けて取り組み、労働法やカファーラ(スポンサー)制度の改革、最低賃金の設定、企業への監督・査察体制の強化を進めてきた。一連の改革は、国際労働機関からも一定の評価を得ている。

 しかしながら、大会開幕を前にカタルに対する批判は再び高まり、欧米メディアを中心に人権問題が連日報道されるようになった。外国人労働者問題はもとより、カタルにおける性的少数者の受け入れや大会開催にあたっての温室効果ガスの排出量、ビールの価格に至るまで、あらゆる問題が批判されたのである。無論、カタル政府もW杯規模の国際的なイベントを招致する上である程度の国際的な批判は織り込み済みだったであろうが、「過剰」とも言える報道ぶりにいら立ちを隠せなくなった。タミーム首長は10月25日の諮問評議会での演説で、「カタルは開催国が直面したことのない前例のないキャンペーンに晒されてきた」とし、これが継続・拡大する傾向にあると不満を表明した。また高まるカタル批判報道を受け、FIFAのインファンティーノ会長も出場国に「今はサッカーに集中しよう」というレターを送るなど、混乱の収拾に追われたのである。

 また大会運営をめぐっても不安を抱えている。開幕2日前の11月18日には、スタジアム内でのアルコール販売の禁止が突然決定された。W杯には大手ビールメーカーのバドワイザーがスポンサーとなっており、これまでの大会でもスタジアムや関連施設でのビール販売を独占的に行ってきた。アルコール販売に制限のあるカタルでは、2022年9月に正式にスタジアムやファン・ゾーンでのアルコール販売が認められ、日本円で1杯約2,000円の価格(なお、ドーハを含め湾岸諸国としては適正な価格である)とは言え、多くのサッカーファンがこれを楽しみにしていた。突然の不可解な方針転換について、一部報道では首長家関係者からの圧力があったとされている。恐らく、国内の反発を抑え込めなかったと考えられる。

カタルはW杯を成功させることができるか


 様々な混乱があったとは言え、カタルは12年間の準備を経てW杯の開幕にまでたどり着くことができた。筆者が2022年9月にドーハを訪問した際、空港や街中はW杯開催に向けた準備が着々と進んでおり、歓迎ムードが漂い始めていた。また各国代表団やメディア関係者、観客が続々とドーハ入りするなかで、世界中で連日のように「カタル」や「ドーハ」の名前が呼ばれている。これはまさに、カタルが国家戦略としてW杯を招致した成果である。

 夕方から開催された開会式では、俳優のモーガン・フリーマンやカタル人起業家で障がいを持つガーニム・ムフターフ、世界的な人気グループのBTSメンバーであるジョングクらがパフォーマンスを行った。その後、タミーム首長が開会を宣言し、各国チームや世界中のファンを歓迎し、W杯が持つ意義を強調した。

 大会期間中の課題は、スムーズな大会運営と安全の確保に尽きる。大会期間中に150万人ものサッカーファンがカタルを訪れると見込まれているが、これはカタル人口の実に半分にあたる。12月2日まで続くグループリーグ期間中には1日4試合が組まれており、それぞれのスタジアムに4万人から最大8万人の観客が集まることになる。カタルにおいて、これほど大規模なイベントを開催されることはもちろん初めてであり、実際、9月に開催された8万人規模の準備大会でも運営に混乱が見られた。このほか、宿泊施設の建設が追い付いていないとの指摘もなされている。

 また安全面では、カタルは今大会に国内外から集めた5万人規模の警備体制を組んでいる。自国の警察や治安部隊だけではマンパワーが不足しているため、トルコやヨルダン、モロッコ、パキスタン、英国、米国、フランスなどからの人的・技術的支援を受けている。なお、開幕直前の11月19日には、過激派組織「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」が声明を発表し、開催国のカタルや、ユダヤ教徒やキリスト教徒をアラビア半島に連れてきたとしてサウジアラビアとUAEが名指しで批判された。その上で、ムスリムの兄弟たちにW杯に参加したりサポートしたりしないよう呼びかけた。またSNS上では一部のIS系支持者たちがカタルに対するテロ攻撃を呼びかけている。多くの観客が集まるイベントだけに、カタル政府としては是が非でもテロ活動を未然に防ぎたいところである。

 はたして、カタルはW杯の決勝戦となる12月18日を無事に迎えることができるのであろうか。この日はカタルの国祭日でもあり、まさに一大国家プロジェクトの成果が問われる日となる。