2021年08月19日

中東研ニューズリポート

アフガニスタン情勢の急変と湾岸諸国の対応

執筆者

堀拔 功二
 ターリバーンのカーブル侵攻によるアフガニスタン政府の崩壊から数日が経過した。各国の外交団は相次いでカーブルから避難しており、現地の混乱は続いている。湾岸諸国政府は声明を発表し、アフガニスタンの安定と安全の確保の重要性を訴えている。また、8月15日に国外へ脱出したムハンマド・アシュラフ・ガニー大統領は、UAEへ避難していることが明らかになった。ターリバーンが新政府の樹立を急ぐなかで、湾岸諸国も情勢への対応に追われている。

アフガン大統領はUAEへ避難


 湾岸各国は、情勢を懸念する声明を相次いで発表しており、ターリバーンに対して市民の安全や資産の保護を求めた。また平和裏の権力移行の必要性を強調している。現在GCCの議長国であるバハレーンは8月16日、GCC外相レベルでアフガニスタン情勢について協議する予定であることを発表した。

 ターリバーンがカーブルを掌握後、UAEとサウジアラビアは救援機を同地へ派遣し、自国を含む外交団や国際機関関係者の引き揚げに協力した。またカタルは米国との間で、米軍に協力した数千人のアフガン人関係者を一時的にカタルで保護することに同意している。UAEの外務・国際協力省は8月18日に声明を発表し、アフガニスタン大統領のガニー大統領とその家族を人道的見地から受け入れたことを明らかにした。ガニー大統領も自身のFacebookページから動画を配信し、カーブルでの流血を避けるために着の身着のままで避難したと説明した。その上で、大金を持って逃げたという報道についてはこれを否定している。

 一方で、アフガニスタン国内に留まっているアムルッラー・サーレフ第一副大統領は前日17日に、ガニー大統領の不在を理由に暫定大統領に就任したことを宣言し、国民に対してターリバーンへの抵抗を求めた。一部にはパンジュシール州に抵抗運動の拠点がつくられるという報道も出ている。このほか、カルザイ前アフガン大統領を中心とする調整会議が設置され、政権移行協議を行うために関係者がドーハへ向かったとの情報もある。今後、ターリバーンによる新政府樹立が本格化すると見られるが、国際社会の新政府承認への態度と合わせて、不透明な見通しが続くものと考えられる。

カタルはターリバーンと国際社会の仲介に実績


 カタルは長年にわたりターリバーンとの関係を維持しており、特に米国との和平交渉の仲介にあたってきた。カタルは両者の和平合意への道筋をつけることに成功し、2020年2月にドーハで和平合意が調印された。同年9月には、同じくドーハでアフガン政府とターリバーンの間での和平協議を開催し、捕虜交換に成功した。カタル政府はその後もガニー大統領をはじめとするアフガニスタン政府やターリバーン政治局と継続的に協議を行い、和平交渉を支援している。

 今年に入りアフガニスタン情勢が不安定化するなかでも、カタル政府はアフガニスタンの安定にむけて、関係者や国際社会との協力を続けている。2021年6月にはアフガン特殊部隊をカタルで訓練する計画が報じられている。また7月末には米・カタル外相会議の中でアフガニスタン情勢が議題に上がり、政治的問題解決の唯一の方法はすべての当事者による包括的な対話を通じて行われることを確認している。しかしながら、8月に入りターリバーンによる国内掌握が急速に進んだことにより、ドーハとして打てる手立てが無くなってしまった。8月12日には、ドーハでアフガニスタン政府、ターリバーン、米国、EU、パキスタン、中国などの代表者が会合を行った。アフガニスタン政府はターリバーン側へ権力分有の提案を行ったようであるが、この話がまとまる前に政府が崩壊したことになる。

今後の湾岸諸国のアフガン対応の見通し


 今後、ターリバーンが政権運営を本格化していくなかで、湾岸諸国も同国に対する立場の表明を迫られることになる。ターリバーン政権の承認については、恐らく国際社会の出方を見ながらになるだろう。ただし、湾岸諸国とアフガニスタンの歴史的な関係を考慮すると、アフガニスタンは湾岸諸国の新たな角逐の舞台になる恐れがある。とくに、これまでアフガン仲介を主導し、かつターリバーン政治局を抱えるカタルと、ガニー大統領を「預かる」UAEの駆け引きである。

 カタルのムハンマド・ビン・アブドゥルラフマーン副首相兼外相は8月17日、ターリバーン政治局トップのムッラー・アブドゥルガニー・バラーダルと会談し、アフガニスタン情勢について協議した。このなかで、カタル側は市民の保護、国民和解の達成に向けた努力、問題の包括的な政治的解決、平和的な権力移譲の必要性を伝えた。また米国の外交関係者によると、米国は今後もドーハを通じてターリバーンとの連絡を取っていく考えを示している。そのため、カタルは引き続きアフガニスタンの安定に関与し続けることになるだろう。なお、バラーダルはその後、アフガニスタンに帰国している。

 これに対して、UAEにとってもアフガニスタン情勢は地域・国際社会でのプレゼンス拡大の観点から重要である。UAEは1996年から2001年にかけて、サウジアラビアとパキスタンとともにターリバーン政権を承認していた数少ない国際社会の一つである。その後、UAEは米国同時多発テロ事件直後にターリバーン政権と断交したものの、水面下で接触を図ってきた。UAEは、カタルが2013年にドーハへのターリバーン政治局の設置を認めたことについて「テロリストを匿っている」と非難してきた。ところが、2017年にリークしたオタイバ駐米UAE大使の電子メールによると、UAEは2011年頃に政治局をアブダビに誘致するも、これに失敗していたのである。

 また、UAE軍は国際治安支援部隊(ISAF)の枠組みで部隊を派遣しており、アフガニスタンの治安維持に協力してきたという自負もある。ただし、2017年にカーブルで発生したテロ事件では、UAE大使を含む外交団5名が死亡するなど、「コスト」も支払っている。UAEがガニー大統領の避難先となったことは、同国にとって今後のアフガニスタン情勢へ影響力を行使できる千載一遇のチャンスになるかもしれない。

 2021年1月に対カタル断交が終了してからも、カタルとUAEの関係は完全な回復を見ていない。むろん、米国やロシア、中国と比べるとターリバーン政権の動向に与える影響は限られているものの、湾岸諸国はアフガニスタン情勢を自国のプレゼンスの拡大に利用していくことになるだろう。