(財団法人 中東経済研究所)
米国における同時多発テロ事件に対する中東諸国の反応
■事件発生(9/11)後、日本時間9月12 - 13日ごろまでの報道
テロ非難声明
今回の事件について、イラクを除く中東各国は、事件を強く非難し、被害者にお悔やみを伝え、米国政府との連帯を表明している。パレスチナ自治政府のアラファト議長(大統領)は、事件を非難する側に立つことを強調した。現時点では、中東の非政府組織からも犯行声明は出されていない。
各国、各団体の声明、報道ぶりについては、ここで一つひとつを訳出しないが、以下に原文コピーを掲載するので、必要に応じて参照されたい。
中東、イスラーム系の国際機関が発したテロ非難声明は以下の通りである。
米国国内のイスラーム系団体は、事件を非難するとともに、人命救助への協力を会員に呼びかけている。
以下は、米国に本部があるイスラーム系またはアラブ系団体が発した声明文の一部である。
反イスラエル活動団体は、事件への関与を否定
パレスチナ、レバノンを中心に活動するいくつかの組織(非政府)が発した声明、コメントは以下の通りである。
イスラーム聖戦(ジハード)(パレスチナ)
「これまでのところ何が起きているのか、我々にはわからない。しかしながら、世界の緊張地域に対する米国の政策が、今日発生したことの原因であることは明らかだ。」(al-Hayat, 2001.09.12)
イスラーム抵抗運動(ハマース)(パレスチナ)
「我々の戦略は、米国であれその他諸国であれ、闘争をパレスチナの外に持ち出さないことである。我々の抵抗(する対象)は、シオニストによる占領である。・・・ハマースの政策は民間人殺傷に反対する。我々は民間人の保護を呼びかける。」(al-Hayat, 2001.09.12)
Islamic Association in Palestine(ハマース系のメディア)
パレスチナ解放民主戦線(DFLP)
事件発生初期に流された、アブダビからの電話でDFLPが犯行声明を発表、という情報を、DFLP指導者が否定した。(al-Hayat, 2001.09.12)
神の党(ヒズバッラー)(イランがコントロールするレバノン・シーア派組織)
「現時点で語ることを持っていない」とノーコメント。(al-Hayat, 2001.09.12)
声明(Daily Star, 2001.09.17)
アラブの住民レベルでは、困っている米国人を見て喜ぶ
レバノンの首都ベイルート南郊、レバノン南部といった、パレスチナ人やシーア派住民が多い地域では、住民レベルで次のような反応が見受けられた(al-Hayat, 2001.09.12)。
- 銃口を上に向けて祝砲を撃つ。
- 祝いの菓子を近所に配る。
- 「神がイスラームの敵に天罰を下した」「神がイスラエルと米国を攻撃した。彼らに、パレスチナでアラブ住民が生活している恐怖を味わわせてやれ」と言う。
同様に、エジプトの首都カイロ、ヨルダン川西岸、ガザ地区などの住民が歓喜する映像がテレビで世界中に放映された。
米国でアラブ、イスラームに対する反感が表出
報道によると、米国内では、スカーフをかぶるなどイスラーム教徒であるとわかる外見をした女性に対する嫌がらせが行われたり、またアラブ、イスラーム系の学校、団体に嫌がらせの電話がかかっている。
だからテロを叩く必要がある、とイスラエル
9月13日付けのJerusalem Post紙は、「イスラエルはこれまで(パレスチナ)テロとずっと戦ってきたが、今日から我が国は孤独ではない。テロは全ての自由世界の敵だ」と論じた。原文
また、在米ユダヤ人指導者らは、「この惨劇を見て狂喜しているアラブ人に対し、思い知らせる必要がある。このような連中がテロリストを匿っているのだ」と激しく糾弾した。原文
テロに反撃するだけではダメとする意見
イギリス人の有名な中東ジャーナリスト、パトリック・シール(Patrick Seale)氏はal-Hayat (2001.09.13)に寄稿した。内容は以下の通り。
- 9月11日に米国で発生した事件の犯人探しが始まり、ウサーマ・ビン・ラーディンをEnemy No. 1とする声がわき上がっている。人々の憎しみ、非難はアラブ、イスラーム世界の過激団体の一つに向けられているが、これまでのところ、裏付けとなる説明を聞いたことがない。
- 今回の事件で多数の民間人が殺傷されたと言うが、米国はベトナム、カンボジア、南米、それに広島、長崎への原爆投下、その他多くの場所で民間人数万人、数十万人を殺した。
- イギリスは第2次大戦中、ドイツへの空爆で民間人数十万人を殺した。
- イスラエルは1948年(建国)、1978年、82年(いずれもレバノン侵攻)のとき、何十万というパレスチナ人民間人を殺したり、強制移住を余儀なくさせた。
- イスラエルは1993年、96年の対レバノン軍事作戦で、ある村を徹底的に破壊し、やはり多くのレバノン人、パレスチナ人を殺した。イスラエルの戦略は、民間人保護に国連が関与することを弱めることだ。
- テロの特徴は、仕返しがあることだ。「やられたら、やり返す」
- もう一つの特徴は、敵の懐に入って叩くことである。
- 最近では、多くのイスラエル人と海外にいる彼らの友人の多くは、イスラエルの生存のためにはいかなる残虐な手段を使うことも容認しているようだ。(注:イスラエルが最近、パレスチナ対策でF-16戦闘機まで動員して攻撃している事実を指して)
- 米国は、現状を戦争状態とみなしている。この戦争では、米国が総力をあげて最も激しく反撃することが受容されるかのようだ。
- しかし、米国が政策の詳細を再検討することを期待しよう。いかなる治安強化策を採ろうとも、先進工業社会を守ることが出来ないことは、9月11日の事件を見ても明らかである。
- 米国とその同盟国イスラエルを守る唯一の方法は、全ての当事者の権利と利害を考慮した、中東で正当かつ包括的な和平を達成することである。
ところでビン・ラーディンって誰?
一連の報道で頻繁に言及されるウサーマ・ビン・ラーディン (Usamah bin Ladin)氏に関しては、保坂修司先生がまとめられた情報が詳細で、参考になると思われる。現時点では、ビン・ラーディン氏が事件に直接関与したかどうかという点は必ずしも定かでないが、米国政府は事件の背後に同氏がいるとの見方を強めている。
参考:米国政府からの発表
■日本時間9月14日までの報道
パレスチナはイスラエルからの攻撃を警戒
米国内で大きな事件が発生したことを受け、このところイスラエルと激しく対立しているパレスチナおよびレバノン南部では、米国の関心が国内に向いている現状を利用して、パレスチナに総攻撃をかけるのではないかとする警戒感が指摘された。たとえば、ハマース、ヨルダン、パレスチナ、レバノンの報道(2001.09.13)。パレスチナの報道(2001.09.14)。実際にイスラエルは西岸を攻撃した。israel-2など
アラブ、イスラームに対する反感が広がる
9月13日に入るとアラブ、イスラーム系の米国住民に対する嫌がらせ多数が報道された。9月14日付けのal-Hayat紙(ロンドン発行)は、「米国在住のアラブ人、イスラーム教徒は、暗黒の日を覚悟している・・・集団ヒステリアの恐怖」という見出しで警戒感を表現している。
- 米国シカゴで300人のデモ隊がモスクに乱入しようとした。
- Arab American Instituteでは、脅迫を受けたため、警察に保護を求めると同時に、民間警備会社を雇った。
- カナダのモントリオールにあるモスクに火炎瓶が投げ込まれた。負傷者なし。
- イギリス・ロンドンにあるモスクも警察に保護を求めた。
- オーストラリアのシドニーでは、ギリシャ正教会にが落書きされた。
- ブリスベーンで、ムスリム系学校のスクール・バスに石が投げ込まれた。
- パースのモスクの中庭に人糞が投げ込まれた。
- ロシアでは、反アラブ、反イスラーム感情の高まりを受け、警察がアラブ各国の大使館警備を強めた。al-Hayat (2001.09.14)は、ロシアの報道機関はユダヤ人が支配しており、アラブによるテロという側面を強調していると指摘。・・・などなどなど
米国大統領やオーストラリア首相は9月13日、事件の犯人とアラブ系またはイスラーム系住民とを混同しないよう、国民に呼びかけた。ブッシュ発言
住民レベルでの反アラブ、反イスラーム感情は、前日、崩れたビルと傷ついた米国人を見て喜ぶアラブ人の映像がテレビ放映されたことも影響している。
有名なMiddle East Journalを発行している米国Middle East Institute所長であるエドワード・ウォーカー氏はal-Hayat (2001.09.14)に「アラブ世界の友人たちへの公開書簡」を寄稿し、アラブ側に自制を求めた。
- 私の友人数人が死亡し、多くがまだ行方不明である。
- 多くのアラブの町で人々が歓喜の声をあげている映像を見て、私の心は重くなった。
- パレスチナ人やその他のアラブ民間人が殺されているとき、我々米国人が道に出て喜ぶことがあるだろうか。いや、そんなことは決してない(Kalaa! = Definately no!)。
- あなた方には、米国の政策を非難する十分な権利がある。しかし、露骨な歓喜は、あなた方が力を込め、また声を大にして非難している米国の政策を除去するのに、全く役立たないのである。
- 今のあなた方は、私が知っているアラブではない。
アラブ住民は喜ぶのを自制、各国は対米協力を表明
パレスチナ自治政府のアラファトは、テレビ・カメラの前で献血した。レバノン首相は、「喜んだのはテレビ・カメラの前にいた子供たちだけだ。ほとんどの国民は、米国人犠牲者の悲しみを共有している」と釈明した。レバノンDaily Star紙
(2001.09.14)は「1980年代のレバノンと異なり、今のレバノンはテロをかくまう国ではない」とし、汚名返上する時期であると論じた。パレスチナ自治政府は、事件の被害者に対する哀悼の意を敢えて強調する声明を発表しpalestine、また主にガザ地区で対イスラエル抵抗運動を続けるハマースのメディアも、米国と悲しみを共にするという報道姿勢だったiap
。
一方、中東の政府レベルでは、いくつかの中東諸国がテロ対策、犯人探し、その他今後必要とされる対策等の分野で対米協力を表明した。たとえば
バハレーン、クウェート、UAEなど
イスラームが悪いのではない
サウジの駐米大使であるバンダル王子は米国で記者会見を開き、「イスラームはテロリストとテロリズムを非難する」「イスラーム教徒に対する無差別非難を拒否する」「アラブとムスリムは犯人の特定に立ち上がる」「OPECは石油の安定供給に努める」と語った。
その1
その2
その3
その4
またトルコの9月14日付けTurkish Daily News紙も、テロとイスラームを単純に結びつけるべきでないとするイスラーム団体活動家とイスラーム学者の意見を掲載した。(原文)
米国、イスラエルが反省すべきとする意見
エジプト紙は、イスラエルによる対パレスチナ暴力が、周り回って米国に向けられたのだとする論調「悪いのはイスラエルだ」を掲載した。(要旨)同様の主旨の発言としてkuna-1など
イラクは、9月13日付けの新聞「アル・イラク」1面トップで、事件は米国の自業自得であるとする論評を発表した。「テロ攻撃は、全ての抑圧者にとっての教訓であり、米国が犯した犯罪の結実である」「炎上しているのは米国の優越性、傲慢さ、機関である」「米国はこれまであまりに多くの敵を作ってきたため、犯人を見つけることは困難であろう」。9月15日には「サッダーム・フセインから米国民への公開書簡」が発表され、その中で「アメリカ人は、自分たちが世界の人々に与えてきた苦しみを感じるべきである。そうすれば、正しい解決、正しい道が自ずと見つかるだろう」「米国に必要なものは知恵であって、力ではない」と論じた。
テロに反撃するだけではダメとする意見
シリアは、今回の事件を非難しつつも「テロと合法的な解放運動を区別すべき(注:であり、よって米国はイスラエルによる占領で苦しむ人々の声を聞くべきである)」とする従来からの考え方を改めて表明した。「そもそも人権保護はアラブが言い出したことだが、我々の主張は(米国によって)いつもテロと十把一絡げにされてきた」(al-Hayat, 2001.09.14)。
トルコ政府は9月12日、今回の事件の犯人が外国人による対米テロであった場合にNATOが第5条を根拠に集団的自衛権を行使するとのNATOの合意に賛成した。トルコもNATO加盟国である。しかし、犯人が米国人で、米国の内政問題が事件の原因だったときには、NATOは対応しない。(Turkish Daily News, 2001.09.14)原文
トルコは国内にPKK(クルド系)との対立を抱えており、トルコ政府はPKKをテロ組織であると断定して、1984年以来EU(当時EC)に対してPKK分子の取り締まりを要請してきた。ところがEU諸国はクルドの問題を人権問題、政治問題とみなし、逆にトルコに対して国内の人権を保護するよう要求し、今日に至っている。従って、今回の米国の事件のあとも、クルドに関するトルコ政府とEU各国とのギャップは埋まらない。EU加盟国内部でも、たとえばスペインのETA、イギリスのIRAなど、それぞれ国内にテロ問題を抱えており、利害の調整は容易でない。・・・今後のテロ対策を協議するにしても、総論賛成、各論反対になりまとまらないだろう。従って、テロ取り締まりに関する議論が始まった時、トルコ政府は議論をリードしないほうがよい、と指摘。(Turkish Daily News, 2001.09.14)原文
また別のトルコ人論者は、PKKに対するトルコ政府の戦いをも念頭に置いた上、単に治安維持を押しつけるだけでは効果がなく、治安維持に貧困撲滅を組み合わせた新しいアプローチがトルコ政府に求められていると指摘した。(Turkish Daily News, 2001.09.14)原文
本日までの資料
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本報告は、同時多発テロに関する中東諸国の論調、意見を整理した上で、可能な範囲で幅広く紹介することを目的としています。情報提供の迅速性を求める方は、ニュース・サイトなどを使ってご自分でお調べください。
(文責:伊丹 和敬)