中東経済研究所 情勢分析 (2000年11月24日Vol.2, No.15)

OPECの増産と原油需給 ---存在しない原油不足---

 

I 高騰を続ける原油価格

 OPECはプライス・バンド・メカニズムを初めて自動発動し、10月31日からOPEC10カ国で50万b/dの増産を決定した。3月のOPEC総会で非公式合意し、さらに6月の臨時総会で細部の変更を行った同メカニズムによる50万b/dの増産条件 (OPECバスケット価格が20営業日連続で28ドルを超える)が10月27日に満たされたためである。これでOPECは2000年に入ってから4度の増産を決定し、累積の増産量は372万b/dに達することになった。しかしながら市場への影響はほとんど感じられず、NYMEXでのWTI原油期近先物価格 (以下「WTI価格」)はこれを無視するかのように高騰し続け、本稿執筆時点 (11月20日のマーケット)で35ドルを超える勢いとなっている。原油価格は、米国などの消費国が望む25ドル以下の水準に下がる気配を全く見せていない。

 なお、11月12日のOPEC臨時総会では、既に10月31日からプライス・バンド・メカニズムの自動発動がなされていたため、これが追認されただけで、新たな増産は決議されていない(注1)。

 今回のプライス・バンド・メカニズムによる増産に先立ち、OPECは9月10 - 11日の総会で10月1日からの80万b/dの増産 (2000年で3回目の増産)を決定している。この時も市場は増産決定にほとんど反応せず、逆にWTI価格は湾岸戦争以来の高値を更新し続け、9月20日には$37.20/bまで上昇した。

 その後9月25日に米国の戦略原油備蓄(SPR)の放出決定が発表されるなどのニュースに市場は反応し、WTI原油価格は30ドル近くまで下落した。しかしながら、これは一時的な調整局面にすぎず、10月初めからのパレスチナ情勢の緊迫もあって原油価格は再び上昇基調に転じたまま、プライス・バンド・メカニズムの自動発動も奏功することなく今日に至っている(図表1参照)。

 

II 限界に近づくOPECの生産能力

 2000年に入ってのOPEC 10カ国による累計増産量が370万b/dにも達するなかで、サウジアラビアを除いて、ほとんどの加盟国は実質的な増産余力がなくなっている。11月以降の生産余力はOPEC 10カ国で170万b/d強しかなく、そのほとんどがサウジアラビアに集中している(図表2参照)。

 OPEC事務局も増産に対応できない加盟国が出てくることを公式に認めており、9月のOPEC総会後、ルクマン事務局長は各国別の割り当て数量は、もはや生産枠 (Quota)ではなく生産する権利 (Entitlement)と解釈すべきであるとの見解を示している (Weekly Petroleum Argus, 2000.09.18)。

 一方でサウジアラビアのヌアイミー石油相は様々な機会 (特に価格上昇局面)に、必要があればサウジアラビアは単独増産をする用意があると発言している。実際にサウジアラビアは7月以降その生産枠を30万b/d以上オーバーして生産しており、10月については約40万b/dの超過となっている。これは10月31日から適用される新生産上限をも既に26万b/dオーバーするレベルである。

 11月以降OPECがどのくらいの追加数量を市場に出してくるかは、ひとえに余剰生産能力のあるサウジアラビアの超過生産にかかっている。Saudi Aramcoは9月のOPEC総会後、ターム契約に基づく10月分および11月分の供給量について、従来行ってきた供給削減を撤廃している。ところが、最近Saudi Aramcoは12月の供給について需要家に通告したが、米国、ヨーロッパ、アジアの各市場において増量オファーはなく、逆にメジャー向けには10%のカットが通告されたといわれる (Reuters, 2000.11.14)。

 したがって、当面11月、12月のサウジアラビアの生産量は10月比でそれほどの伸びは期待できず、現状維持かせいぜい900万b/dを少し上回る程度にとどまると予測される。UAEなど若干の余剰生産能力のある加盟国が、極少量の追加生産をできたとしても、OPEC 10カ国の11 - 12月の生産量は新生産上限の2670万b/dを大きく上回ることはないであろう。

 

III 存在しない原油不足

1. OPECの主張

 OPECは9月総会後のコミュニケのなかで、原油の供給が需要を上回っており原油不足は存在しないとして、高価格は消費国の精製能力不足や先物市場における投機などが原因であるとの主張を行っている。11月13日の臨時総会後に発表されたコミュニケでも今までの増産の影響をしばらくの間注視し、2001年1月17日の臨時総会で対応を検討するとしている。各国石油相のコメントからも、更なるプライス・バンド・メカニズムの発動はない見通しであり、2001年1月17日の臨時総会まではOPECがさらに増産を決定することはないであろう。前述のとおり増産余力がないという背景もあるが、OPECのマーケット認識として原油不足は存在しないということが最大の理由である。

 むしろアルジェリアやイランなど加盟国のなかには、2001年第II四半期以降の需要減を控えて価格の急落を懸念する声が出てきている。

2. 消費国の認識

 一方消費国サイドも、物理的な原油不足はないという認識が支配的になってきているように見える。

 IEAのOil Market Report 11月号によれば、在庫レベルは依然として低いものの、供給は需要を上回っており、在庫の積み増しが進行しているとの認識が示されている。IEAの短期需給見通しをベースに、前記のOPEC 10カ国の産油量にイラクの産油量を300万b/dと仮定すれば、第IV四半期の需給バランスも120万b/dの供給超過となると予測される(図表3参照)。

 米国エネルギー情報局 (DOE/EIA)も、11月の短期見通しのなかで同様の見通しを示している。EIAは、世界の原油マーケットでは供給超過が進行しており、2000年第IV四半期で140万b/dの (季節はずれの)在庫積み増しが行われるとしている。EIAは、 (もしこの需給見通しが正しいとすれば)早晩価格は下がりはじめるとし、このままOPEC 10カ国が現行の生産レベルを継続すれば、春先に向けて大きな価格下落要因となると指摘している。

 日本の岡部石油連盟会長は11月15日、OPECの4度にわたる増産で原油需給はバランスしつつあるとの考えを示し、先物市場の投機が現状の高価格をもたらしている可能性があると示唆している。また岡部会長は2001年第II四半期以降の需要減を控えて、投機的な動きが価格急落を引き起こす可能性についても指摘している (Reuters, 2000.11.15)。

 11月17日からサウジアラビアで開催された産消対話フォーラム (注2)に出席した欧州委員会副委員長デパラシオ氏は、高価格が経済に与える影響について強い懸念を表明したものの、EUは戦略備蓄の放出については未決定であり、フォーラムではOPECに対してこれ以上の増産は要求しないと明言したと伝えられる (日本経済新聞, 2000.11.19; Reuters, 2000.11.18)。

 産消対話フォーラムでは、米国エネルギー省のリチャードソン長官は依然として世界のマーケットでは原油が不足しているとの認識を示し、OPECに更なる増産を求めた (Reuters, 2000.11.18) 。また同長官は、アルジェリアなどいくつかのOPEC加盟国が来春に向けて減産を示唆していることに対して、これを牽制する発言を行っている。同長官の認識は、お膝下のEIAの短期見通しと相反するものであるが、冬場に向けての暖房油の供給問題をかかえる米国の、政治的な思惑からの発言と解釈すべきであろう。暖房油の供給を確保し価格を押さえるという目的で、9月に戦略原油備蓄3000万バーレルの放出を決定したクリントン政権としては、内政面であくまで原油不足 (OPEC)を悪者にするしかないであろう (注3)。

 

IV 問題点と今後の見通し

1. バックワーデーションで在庫積み増しは困難

 現在、原油先物市場は期先物価格が期近物価格を下回るいわゆる「バックワーデーション」の状況にあり、精製会社にとって足下の在庫を積み増すインセンティブはない(図表4参照)。

 経営効率の観点からメジャー各社を含む石油会社が低在庫政策をとっていることに加えて、先物市場の状況がますます原油在庫の積み増しの動きを阻害しているといえよう。先に述べたSaudi Aramcoによるメジャー向け供給の10%カットは、サウジ側の理由は不明であるが、バイヤーにとっては実のところ渡りに船という状況かもしれない。

 さらにいえば、特に米国市場において低い在庫統計が発表されるたびに、これに反応して足下の価格が上がり、その分バックワーデーション (先安)の傾向が加速され、その結果ますます在庫インセンティブが薄れてしまうという悪循環 (vicious circle)が発生している (注4)。すなわち、投機筋などが、在庫の数字だけで需給を判断し先物市場で売買をすることで、実際のファンダメンタルズがどうなっているのかが非常に分かりにくくなっているといえよう。

2. 市場への影響力がなかった小刻み増産

 この悪循環を断ち切るためには、産油国がかなりの量の増産を一時に行うというメッセージを市場に与えることにより、市場を「バックワーデーション」から「コンタンゴ」 (期先物が期近物より高い状態)に逆転する必要がある。しかしながら、2000年に入ってからのOPECによる小刻み増産は、結局この悪循環を断ち切れず、原油価格は高騰を続けている。

 OPECの増産量の累計は370万b/dにも達するレベルになっているが、小刻み増産のため一気に市場のモメンタムを変える力に欠け、需給への影響を判断するにはかなり長いリード・タイムを必要とする状況となっている。このリード・タイムの間も投機筋などは動きを止めることはないので、このことが現在の需給をより不透明にしている。

 また今までのOPECの増産は市場の後追いであるため、4月と7月からの増産は結局夏場の米国のガソリン需要期に間に合わず、価格高騰を押さえることはできなかった。10月からの2度の増産も、今冬の米国を中心とする暖房油シーズンにおいては、実需への対応という意味では遅すぎたという懸念がある (注5)。また、前述のとおりOPEC加盟国で実質的に余剰生産能力があるのはサウジアラビアだけであるが、同国の余剰生産能力は主として重質原油であるため、暖房油の需給対策上は効果が限られるという問題もある。

3. 価格急落の可能性

 原油の供給が需要を上回っており、ファンダメンタルズが市場に未だ反映されていないとすれば、市場はどこかで必ずその調整を要求するだろう。OPECは2001年1月17日の臨時総会で、価格の急落を回避するために、需要の減る第II四半期に向けて減産を検討するかもしれない。しかしその場合でも、増産局面でもそうであったように、市場の後追いでの小幅減産によりソフト・ランディングを目指すことになるものと思われ、もし市場が一気に調整をし始めたら、このモメンタムを止めることはできないだろう。増産・減産の両局面において、少しづつ生産量を調整し市場を操作 (micro-manage)してゆくことは不可能である。特に投機資金が大量に流れ込む今日の市場環境が、これを困難にしている。したがって、世界的に需要が減る2001年の第II四半期を前にして、一気に価格が下落するという可能性は否定できない。

 現段階ではあまりにも不確定要因が多すぎ、短期の市況を予測することさえ困難である。当面市場は、1) パレスチナ情勢、2) 冬の気温と暖房油の需給、3) イラクの動向などを注視することになろうが、これらの要因 (注6)に大きな波乱もなく北半球の冬が山を越せば、ファンダメンタルズによる本格的な原油市況の調整局面 (価格下落)が来年早い時期に来るかもしれない。

(11月21日記 原 弘)

 

(注1) OPEC臨時総会については、中東経済研究所『ニューズレター』2000年11月24日号「第112回OPEC臨時総会とリヤード産消対話」参照。

(注2) 産消対話フォーラムについては、中東経済研究所『ニューズレター』2000年11月24日号「第112回OPEC臨時総会とリヤード産消対話」参照。

(注3) Paul Horsnell, Assistant Director for Research, Oxford Institute for Energy Studiesによる論文「The Strategic Petroleum Blunder」 (MEES, 2000.10.23)を参照。Horsnell氏は、米国の戦略原油備蓄の放出は、トレーダーを儲けさせるだけであり、暖房油の供給確保には役に立たないとして、厳しく批判している。

(注4) Robert Mabro, Direcror, Oxford Institute for Energy Studiesによる論文「Oil Market and Prices」 (MEES, 2000.09.11)を参照。またスコットランドDundee大学のPaul Stevens教授も最近来日した際に当研究所スタッフとの意見交換の中で、同様の見解を披露している。

(注5) 消費国の中間留分在庫は依然として低いレベルで推移している(図表5, 6参照)。しかしながら、ディーラーや消費者が持つ二次在庫、三次在庫はこれらの統計に反映されておらず、流通段階でかなりの量の暖房油の買いだめが存在する可能性が指摘されており、暖房油の需給見通しは不透明になっている。

(注6) 暖房油の需給など当面の市況に影響を及ぼす懸念材料にについて詳しくは、中東経済研究所『情勢分析』2000年9月29日号「OPECの追加増産と石油市況」参照。